アキハバラ奇譚ズ 第6話 『肋は木奇譚』より続く
「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「また人形の話じゃないだろうな。人形が木でできていようと、鉄でできていようと、そんなことは話題にもならないぞ」
「やだなぁ。鉄でできたって、いくら僕でもメタルフィギュアは守備範囲外ですって」
「メタ……。なんだそれは?」
「それより聞いて下さい。凄い話を見つけたんです。題して、『羽原亜希奇譚』です。羽原亜希って名前を知ってますか?」
「誰だ、それは?」
「まあ知らないのも無理はないですね。アキハバラのローカルなアイドルみたいなものですよ。アキハバラ ゲーム祭りのマスコット的な存在でね。5年ぐらい前からずっとアキハバラ ゲーム祭りのポスターに登場しているんですよ」
「なるほど」ご当地だけで有名人か、と私は思った。何でも東京発の情報で埋め尽くされる日本のように思えるが、けっこうその土地だけの有名人というのはあるものだ。
「で、その羽原亜希とやらがどうしたんだ?」
「それがですね。どう見ても若返っているんですよ」
「女は化粧次第で変わるからな。見た目が若くなったように見えたからと言って、若返ったとは言えないぞ」
「そんなレベルではないんですよ。最初に登場した5年前の羽原亜希は、スイカのような巨乳の持ち主で、等身も八頭身。豊満な身体を見せびらかすように真っ赤なビキニを着てですね、こんな風に切れ長の大人っぽい細い目で色っぽくこっちを見ているという感じだったんですよ」
「ふむなるほど」
「ところが、年を追うごとに、羽原亜希の等身が下がっているんですよ」
「なに?」
「顔の比率が大きくなって、目もだんだん膨らんで来てます。バストの大きさも少しずつ小さくなってきてます。つまり、どう見ても、見た目の年齢が下がってきているんです。化粧で30歳が20歳に見えるっていうのならまだ分かりますよ。でも、もともと20歳ぐらいだったのが、1年後には18歳ぐらい、2年後には16歳ぐらい、3年後には14歳ぐらい。そして、とうとう今年は12歳ぐらいに見えますよ。身長も縮んでいるし、胸はぺったんこで、着ている水着もスクール水着。これは化粧で誤魔化せる範囲じゃないと思いますよ」
「うむむ」と私は考えこんだ。事実とすれば、大変なことだ。まさか、本当に人間が若返るなどと言うことがあり得るのだろうか。いや、アキハバラといえはハイテクの街だし、怪しげな外国人も出入りする場所でもある。まさか、何か最新の技術が運び込まれて実験台になっているとでも言うのか?
いや、それは考えすぎだろう。それよりも可能性が高いのは……。
「分かった」と私は言った。「それは別人だろう。似た別人が、同じ名前を襲名しながらイベントのマスコットをやっているわけだ」
「僕だって、それぐらい考えました。でも、違うんです。羽原亜希の経歴というのが、チラシの隅っこに書いてあるんですが、始めてイベントに登場した時が20歳で女子大生。その2年後に卒業してアキハバラの某店舗に事務員として就職。そして、現在25歳の花の独身OLと……」
「何を言っているんだ。さっきおまえは今12歳と言ったじゃないか」
「12歳だと言ったのではなく、12歳ぐらいに見えると言ったんです」
「では、本当にその羽原亜希とかいう女の子は、25歳のOLなのに、見かけは12歳ぐらいに見えるというのか?」
「そうそう。奇っ怪でしょう? 常識ではけして考えられません」
私は、どうやらボケ太が本当に奇譚を見つけてきたらしいことに気付いた。
「でかしたぞ、ボケ太。おまえはいつかやる男だと思っていたぞ!」私は椅子から立ち上がって、ボケ太を賞賛した。
「やった! マイナーなキャラの設定をほじくり返してネタ探しをした甲斐があったというものです!」
ボケ太は顔中すべて嬉しそうな表情になった。
だが私は嫌な予感がした。
キャラ? 設定?
「ちょっと聞くが」と私は言った。「その羽原亜希とやらは、生身の人間か? それとも、ただのキャラクターか?」
「やだなぁ。人間の訳ないじゃないですか。アキハバラに集まるオタクが生身の人間を有り難がるわけがないでしょう?」
「では、年齢が下がっているというのは、単に絵に描いたキャラクターイラストの見かけの年齢が下がっているというだけの話か?」
「決まってるじゃないですか。生身の人間が若返ったら、世紀の大発見ですよ。僕らみたいな媒体が扱うものじゃありません」
「絵だったら何でも描けるだろう! 生身じゃなきゃ記事にならん!」私の蹴りが決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。
「絵で描けるからって、毎年幼くなっていくのはルール違反だと思うんだけどなぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 第8話 『騾馬は安芸奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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